|
| |
筆を初めて握ったのは、第2次世界大戦末期小学校1年の時でした。初めて書いた字が大層褒められたことを覚えています。そして中学生になって本格的に書壇院所属の「山下涯石先生」に師事し中学3年生の時、書壇院展全国学生展で推薦賞を、高校1年の時文部大臣賞を受賞したのが書の道を志す直接の動機となり現在に至りました。小中学生時代は世界大戦、そして終戦後の世相は乱れ物資は極限の貧乏な時代で、我が家も例外ではなく生活に窮する状態でした。そんな時銀行の支店長であった父が他界し、私にとっては書を続けられるか否か最初のピンチでしたが、母の並々ならぬ努力のお陰と書を心の糧としたいと言う思いで切り抜けて来られたように恩います。勿論父を亡くした事も発奮材料となり、書に対する情熱に一層の火が付いたことを思い出します。
まわりの人に支えられ順調に励んでいましたが、私が22歳のときに転機がやってまいりました。それは「山下涯石先生」が他界され師を失った事です。しばらく思い悩んでいたときに、遠縁に当たる象刻家から「謙慎書道展」の案内状をいただき、会場に展示されていた「青山杉雨先生」の作品に出会い強い衝撃と感動を受け、目から鱗が落ちた思いで魅せられ、早速例の象刻家にお願いし「青山先生」に紹介していただき門下に加わる事が出来ました。青山先生は後年中国との書道文化の交流とその導入に大きな役割をはたし、さらに日本の第一線で指導的存在になり、晩年に文化勲章を顕彰され、書道界に大きな影響を残した方です。
先生の教え方は作品に対しては妥協を許さないとても厳しいもので、感性も鋭く的確に批評し、その熱意たるや晩年に至ってもエネルギッシュで、甘い作品には容赦なく酷評が飛び交うものでした。同僚の目の前で自分の作品がいろいろな角度から容赦なく批評され身の縮む思いをしたことが度々で、帰る時の足の重いこと…。ある時のこと、数回の研究会でようやく先生のOKが得られ、達成感を持って深夜家に着いたところ、家族からたった今先生から電話で「もう一度書き直してくるように」との伝言は極めて厳しいもので、妥協を許さない先生の指導の一貫として今でも忘れることが出来ないものです。
こうした先生の徹底した指導の下で育った人達は現在皆一流の書道家として全国で活躍されていて、私自身の良き師であり良き書の友人でもあるわけでこれからも大切に保って行きたいひとつです。さて視点を変えて、少し家庭のことに触れてみたいと思います。27歳で結婚し幸い二人の子供に恵まれ、育てながら書道塾の運営とある私立高校の講師としての仕事を十数年続けると言う、仕事、主婦、育児、務めの主人を持つ妻といった何足かのワラジを履いた生活でした。
通常男性は仕事一本やりですが、前記のような環境の私の場合女性が仕事を続けて行くことの難しさとモチベーションを維持することの大切さを今でも痛感しております。しかしながら何といっても一番大きかったのは、母の叱喀と影の支えが在ったこと、そして書への挑戦意欲を失わなかった事に尽きる訳です。今は無き母を始めとした家族の良き協力に改めて感謝いたしております。
今でも忙しさの中に、少しの合間をみながら古典の臨書、年10数回の展覧会の作品と会合、加えて健康管理に主人とソシアルダンスのレッスンを受けている等など仕事と余暇の両立に励む今日この頃と言えます。さて少し“書''そのものに言及したいと思います。昨今一部には前衛的な書風が目立つ傾向が見えますが、それはそれとして私が所属する読売書法展では、“読める書''ということで調和体(漢字とかなの混じり文)が推奨されています。私が挑戦した日展は全て調和体で出品し、中でも22回の入選のうち15回は自詠の詩を作品にして出品しております。旅先などで出会った美しい風景や感動を文章化し、それを純白の紙の上に全体の構成、個個の文字の表現や墨の濃淡でのアクセント、線の美しさ、躍動感、にじみによる柔らかさ、等などを思うがままに組み合わせて一枚の紙に表現する。この楽しさは他に変えがたいものです。美はたゆまぬ努力の上に培われていると確信し明日も筆を持ち続けて行きたいと思います。
初めて筆を持って早くも60年を数えるわけですが、この頃ようやく自分の“書"の方向性が定まって来た様に思っております。ローマ字等には無い美しい要素を持つ漢字を墨一色(実は黒の中にも色がある)、線の流れ、字の構成や詩の感情、筆の冴え、強さ等などで如何に表現するかが“書''の真髄であり、芸術性を秘めたものと言えるとおもいます。
人生80年の時代、男も女もキャリアとして続ける事の出来るものを何かひとつ身に付け継続して行く事が必要で、その中から人と人の和、地域の輸など広げて行きたいと思います。
最後に、私の作品を披露し終わりと致します。取りとめも無い話で失礼しました。
 |
|
筆者主な履歴(平成16年時)
日展会友(22回入選)
読売書法会理事
謙慎書道会常任理事
埼書女流会会長
川越書遭協会副会長 |
|
|
|
|
| |
|